法律:厳格であるか、それとも市民に警戒心を抱かせるか

おそらく最も恐ろしいのは、特定の恐怖そのものではなく、どこへ行っても警戒しなければならないという感覚だろう。家を持つ人は都市計画案を恐れ、事業者は監査を恐れ、運転手は罰則を恐れ、患者は薬不足を恐れ、保護者は学校を心配し、消費者は偽造品や不衛生な食品を懸念する。そのリストは長すぎて、時には「どうすれば良い人生を送れるか」という問いではなく、「どうすればトラブルに巻き込まれないか」という問いになってしまうほどだ。

皮肉なことに、文明社会であれば、国民は法律を自分を守る鎧として感じるはずだ。しかし、もし法律が主に、いつ突然降りかかってくるか分からない罠として認識されてしまうなら、信頼は少しずつ蝕まれていく。国民は厳格な法律そのものを恐れているわけではない。彼らが恐れているのは、透明性の欠如、恣意的な執行、そして権力に直面した際に常に弱い立場に置かれているという感覚なのだ。

そして、痛烈なパラドックスが浮かび上がる。規律に関するスローガンが多ければ多いほど、その規律が公平に適用されていることを証明する必要性が高まる。国民に奉仕する国家を謳えば謳うほど、国民がビジネスを行い、治療を受け、学校に通い、意見を述べ、そして自分の家で生活する際に、安心感を持てるようにしなければならない。強い国とは、国民が恐怖から声を上げられない場所ではなく、法律が自分たちを守ってくれると知っているので声を上げられる場所である。

https://www.facebook.com/share/p/1DNh4rdXnS/